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ナイロビ沼の女主の話 (母国語と結婚編)
(結婚編へ)
ケニアに1980年代初めにふらっと迷い込んできた日本の娘が、今 ではナイロビ沼の主になっています。世間の移り変わりと自分の人生 を振り返りながら、ケニアの風習を辛辣にそして生々しく夜な夜な書 いています。見て下さい、そして聞いて下さい。

(緑ちゃんと純君のおかーさんです。)
半可通のケニア生活 若田部元子

ケニアにはどれほどの部族があるのでしょうか。それすらも解らない私 ですが、1984年7月から、この地で生活を始めて、ケニア人(キクユ族 )と結婚、中学生の男の子と小学6年生の女の子2人の子の母として現 在に至っています。

ケニアでは、部族によりその言葉が違います。風習も一般論では片付 けられない所があります。ここで私が紹介するものは、ケニア生活の一 般論ではなく、そういう現実もあるのかという形でとらえて読んで下さる とうれしく思います。シリーズ調に時間が出来た時につれづれに様々 な出来事を書き加えていきたいと思っております。

母 国 語

日本で紹介されているガイドブックを見るとケニアの公用語はスワヒリ 語と記してあることに気がつきます。東アフリカでは、あたかもスワヒリ 語がどこでも通じる言葉のように紹介がなされているようです。

一般会話(挨拶、日常生活等)のスワヒリ語は、ケニア全域で多分通用 します。しかし、ケニアのスワヒリ語は、タンザニアでは通用しないこと があります。タンザニアのスワヒリ語はケニアでは理解されないことがあ ります。ウガンダでは、大多数の人が大手をふって、「スワヒリ語しらな いよ」と言います。では、現実は?

ケニア、ウガンダ及びタンザニアは東アフリカ共同体を形成しており、 経済的に強いつながりをもっています。三国の元首が各々の国の式典 に参加し、その国民の前で演説をする事も少なくありません。

タンザニアムのムパカ大統領はスワヒリ語で、ケニアのモイ大統領はス ワヒリ語と英語のミックスで、ウガンダのムセベニ大統領は英語での演 説です。三人の大統領の中でなぜかムセベニ大統領の演説にケニア 国の聴衆は、拍手喝采し、笑いを起こし反応します。演説が上手い事 もあるのでしょうが、聴衆が理解しやすということもあるようです。特にナ イロビでは。

タンザニアの政府公文書がナイロビに届きました。私は、教師経験の あるスタッフに英語に訳して欲しいと依頼。彼は、得意げに「わかりまし た。すぐやります。」その30分後、「スワヒリー英語の辞書を買って欲し い。」「???。これスワヒリ語だよ!」「よく理解できない個所があるの で確信をもった翻訳がしたい。」「わかった。辞書を買ってきなさい。」

辞書を片手に悪戦苦闘した結果、ほとんど意味不明の翻訳か、?マ ークだらけ。『なんじゃい。これじゃ私とかわらんではないか。会社のお 金だけれど辞書代返せ!。』と、心中穏やかでないない私は自問自答 。結局、なかなか通じないタンザニアに夜ファックスを入れて、タンザニ ア人に翻訳をしてもらった。返事は翌朝だった。急がばまわれかそれ ともケニア人のスワヒリ語を信じた私がばかだったのか。

ウガンダでは、ケニアとの国境近くでは何とかスワヒリ語が通じます。し かし、本当は使いたくないようです。首都カンパラ。使わないですね。 さすがかつて王国の国。スワヒリ語は征服者の言葉というニュアンスが あるのでしょうか。部族語に誇りを持っているように感じられました。

私は主人(主人という言葉に言いなれてないの以後Jとします。)とモン バサという海岸地方に出かける時は、「向こうでは、絶対スワヒリ語使う な。」と言われます。私はもともと英語の方が楽だったので変なことをい うなと思ったのですが、J曰く、「自分のスワヒリ語に自信がない。間違っ たスワヒリ語使って笑われるより、英語を使った方がまし」とのこと。

そう言われてみれば、Jは、同じ部族の友人と話すときは、キクユ語、そ うでない時は、スワヒリ語で話している時も英語混じり、そしてだんだん 英語主体のスワヒリ語になっている。どうも、ナイロビ生活者の口語優 先順位は、部族語→英語→スワヒリ語の人が結構多いということでしょ うか。

会社内(ナイロビ)では、ローカルスタッフ同士、英語とスワヒリ語のち ゃんぽん会話ですが、時々、内緒話の変わりに部族語での会話が大 きな声で始まります。根本的に重要な深刻な話は、男女を問わず同じ 部族間のみでなされるため、他の部族が混じっているときに部族語の みで会話が始まった時は要注意です。他部族は根本的に信じられな いとう場面に遭遇することが多いケニア社会です。

会社勤めをしているとたくさんの就職希望の手紙を受け取ります。日本 では、履歴書が同封されますが、ここでは、必ず自分の成績表を同封 するのが習慣のようです。余りの成績の悪さに同封しなくてもいいのに と思うことも多々あるのですが、一見して、スワヒリ語の点数が悪いとい う現象があります。がんばれ!スワヒリ語!。

我が家のメイドは、ルイア族ですが、キクユ語も理解できる珍しい存在 です。私の義理の母はケニア山近くの土田舎で生活しているため、日 常はキクユ語の世界にどっぷりの人です。

英語は全くだめ、スワヒリ語も決してうまいわけではないのですが、そ れでも、ナイロビに出てきた時は、私とスワヒリ語で会話をしております 。しかしながら、メイドとの話の方が弾むらしく(当然ですが)、メイドがい る時は、メイドを通しての会話がだんだんふえてきました。

最初は、違和感もありましたが、最近は便利性をとって、メイドのキクユ 語から英語への通訳付きと我が家は3次元中継となっております。これ で良いのか悪いのかわかりませんが、言葉が通じないとケンカもせず、 嫁−姑という関係も気楽な状態です。我が家は、メイドなしでは成り立 たない!?

英語の"give me …." は、スワヒリ語"レテ…!といいます。しかし、日本語でも、"下さ い" "ちょうだい" "とって下さい"というように様々な表現があるように 、タンザニアではその使い分けをしているようですが、ケニアでは一色 単です。よく、海岸地方以外のケニアのスワヒリ語は下品と言われます 。

母国語をMother Tongueとは、良く言ったものだと思う。ここケニアでは、母国語はやは り、部族語です。キクユ族に限っていうならば、独自の文字形態を持っ ています。それは英語でもスワヒリ語でも発音できないキクユ語独特の 発音があるからです。"u" や "i" の上に "~" マークをつけているのが特徴です。残念ながら他の部族については知 りません。

ちなみに我が子は、スワヒリ語を解しません。ナイロビの幼稚園は3才 から入園可能ですが、入園時から英語教育となります。近所の子ども 達の会話も英語です。
母国語の違いは、風習の違いにも影響していると思うのは私だけの偏 った見方でしょうか。

(結婚編へ続く)